厚生労働省と国立がん研究センターが2022年5月に公表した「2019年の全国がん登録」によると、新たにがんと診断された罹患(りかん)者数は99万9075人。男性は前立腺がんが最も多く、大腸、胃と続き、一方の女性は乳房、大腸、肺が上位を占める。注目すべきは男女ともに大腸がんの罹患者が2位と高い位置にある。がんは早期発見が重要だが、検査には肉体的精神的苦痛が伴うことが多く、検査率はなかなか高まらない。早稲田大学の大澤啓介助教はロボットを使って人に負担をかけずに検査する技術を開発、学研都市を拠点に製品化を目指している。
―研究内容を教えて下さい。
大澤 ワイヤやフレキシブルシャフトのような遠隔駆動機構と、弾性体の変形を利用した柔軟メカニズムを組み合わせることで、従来よりもコンパクトな医療ロボットの開発を進めています。具体的には大腸がんを早期発見するための自走式内視鏡や、治療を支援するための微細な動きを可能とするマニピュレーターです。これらのデバイスは部品点数が少なく、低コストで製作できるメリットがあります。現在はこれらの要素技術を応用し、筋電義手、リハビリ支援デバイス、歩行支援システム、内視鏡、カテーテルなどの開発に取り組んでいます。
―ロボットが大腸内を自ら走りながら検査するのでしょうか。
大澤 「ウォームギヤ」と呼ぶ歯車を組み合わせた機構を使います。ロボットの先端にエラストマー製の柔軟パドルが付いていて、簡単に言うとロボットがパドルをこいで進んでいくイメージです。大腸は細長く、検査には熟練の技術が要求されます。患者の負担軽減のためにも製品化を実現したいと考えています。
―九州大学の荒田純平教授、江藤正俊教授と内視鏡の鉗子(かんし)の可動域を広げた医療器具も開発しました。
大澤 鉗子は先端に長さ10ミリメートル、細さ2・5ミリメートルの把持部があり、長さ30ミリメートルの屈曲部を持ちます。これを5本のワイヤで操作することで、プラスマイナス90度の屈曲可動域を確認できました。縫合糸を挟んで動かすこともでき、内視鏡手術では臓器など組織をつかんでめくるような作業も想定しています。
―今後の課題を教えて下さい。
大澤 まだ研究者になったばかりなのですが、少しでも学術界を盛り上げていけるよう成果を出したいと考えています。最終目標は医療デバイス・ロボットを社会に実装することにあります。そのためには、医療現場のニーズを聞きながら製品を開発していく必要があるため、産業界、また異分野の先生と連携していくことが重要であると思っています。これからの医療ロボットは自動化、小型化、低コスト化の三つのキーワードが重要ですのでこの分野の課題を克服していきたいです。
―研究成果が社会に、また地域にどのような影響を及ぼすとお考えでしょうか。
大澤 大腸がんは肺がんや乳がん、胃がんなどと並ぶ罹患数の多いがんですが、早期発見・治療することで完治可能であり、肛門などの自然開口部から病変にアプローチできる軟性内視鏡が有用です。日本は内視鏡の技術が世界一と言われており、これからも世界をリードできる分野です。日本は世界から見ても高齢化が進行していますが、他国もこれから高齢化が進行していくと予想されているため、医療技術は一大産業となりうる可能性があります。これらの産業に少しでも貢献できるよう、北九州から地域、日本全体に良い影響をもたらしていきたいと思っています。