かつては日本のお家芸とされた半導体産業だが、今や中国や台湾、韓国の後塵を拝して久しい。だが一方で半導体や半導体製造技術を使った応用製品はいまだ世界でも最高レベルの技術力を保ち続けている。MEMS(微小電気機械システム)技術もその一つだ。スマートフォン、ドローン、自動車などなど、社会に欠かせない製品の多くにMEMSが利用されており、最先端の研究が学研都市で始まっている。
―東芝で半導体の回路設計を研究開発されていたと伺いました。
池橋 大学時代は原子核理論の研究室に所属し、QCD(強い相互作用の基礎理論)のモデルに関する研究を行っていました。これは純粋な理論物理に関する研究で論文も何本か書きましたが、より社会からの反応を得られる仕事がしたかったので、当時半導体開発に熱心だった東芝に入社しました。東芝ではNAND型フラッシュメモリなどの回路設計に携わりました。仕事は楽しかったのですが、製品設計を数世代繰り返すと物足りなさを感じるようになり、一方で半導体の微細化はいつか限界がくるので、その次の飯のタネ≠ノなるものを探そうと会社を説得してMEMS(微小電気機械システム)の研究開発を始めることにしました。東芝ではRF-MEMS、圧力センサ、水素センサ、ジャイロ、加速度センサの開発を行いました。物理の知見が研究開発にすごく役立ったと思っています。
―MEMSとはどのようなものなのでしょうか。
池橋 ミクロンサイズ(ミクロンは1ミリメートルの1000分の1)の小さな機械部品をセンサなどに応用する技術です。我々が日常で使っているさまざまな製品、例えばスマートフォンに入っているマイクやカメラの手ぶれ補正、自動車のエアバッグ用センサなどに使われています。私の研究室ではより高精度な新しいMEMSセンサを作る研究と、既存センサを使って新しい応用を考える研究を行っています。
―もう少し詳しく教えていただけますか。
池橋 MEMSの製造には半導体の製造技術が使われており、小さなセンサを安く大量に作ることができます。センサを大量に使うIoT(モノのインターネット)が可能になるため、例えば小さなセンサを大型のモーターなどに取り付けて振動状態をモニタリングすることで、故障予知が可能になります。ウェアラブルセンサで血圧や体温を測ったり、さらには汗などから血液成分を分析することで、健康状態をモニタリングすることもできます。
私の研究室で取り組んでいる研究の一つは、加速度センサの精度を上げる研究です。高精度の加速度センサは微小な重力の変化を検知できますので、例えば地中の空洞の有無を検出できます。2020年には横浜市のタンク跡重機転落や、調布市の道路陥没など、地中の空洞に関係した事故が何度か起きましたが、これらを未然に防ぐ用途に使えます。また小さく軽い特性を活かしてドローンに搭載できる利点もあります。
―今後の課題や展望を教えて下さい。
池橋 まだ2年目なので研究と学生の指導に試行錯誤しています。学生は全員が中国人留学生ですが、今後は日本人や他国の学生も指導したいと考えています。まずは研究を軌道に乗せ、優秀な研究者を多く生み出せる研究室にしたいです。その上で産業界と連携して新しいビジネスを生み出したいですね。
―北九州市や学研都市の印象はいかがですか。
池橋 今までずっと関東で過ごしてきたのですが、海が近くてきれいですし、道路もよく整備されていて住みやすい場所と感じます。通勤も楽で仕事に十分なエネルギーを注げます。テレワークにも最適な地ではないでしょうか。中国を始めアジアの諸都市により近いということも大きなメリットかと思います。