生体分子(アミノ酸)が多数連結してできた“たんぱく質”の応用研究が世界中で進んでいる。中でも微生物由来のバイオプロダクトは食品や化粧品のほかに、医薬品や高分子素材など利用できる分野は多岐にわたる。九州工業大学大学院生命体工学研究科生体機能応用工学専攻、環境共生工学講座生物機能分子分野の池野慎也准教授の研究室では、医薬品メーカーと連携して微生物農薬(BT剤)の事業化研究を進めることで、人類最大の敵とも言える、あの害虫に戦いを挑んでいる。
―現在進めている研究はどのようなものなのでしょうか。
池野 10〜20個程度のアミノ酸をつなげて製作したペプチドを使った応用研究を行っています。短いたんぱく質みたいなものです。大学院生の時は微生物の活性を評価するためのバイオセンサー研究を行っていましたが、九州工業大学に赴任してからは、周囲に合成ペプチドの研究に取り組まれている先生がいらっしゃって、刺激を受けて新しい分野を切り開きたいとペプチドの研究を始めました。現在は、乾燥ストレスに対して耐性をもつ昆虫がつくるたんぱく質を参考にペプチドを設計して、それを応用した研究を行っています。
―どのような製品や効果が期待できるのでしょうか。
池野 近年主流になりつつあるバイオ医薬品はたんぱく質が主な成分ですが、その製造には遺伝子組み換え技術や微生物が必要になります。今取り組んでいるペプチドは、微生物にその遺伝子を入れてあげるとたんぱく質をつくる能力が向上します。この技術は、酵素や抗体といったバイオ製品の生産性向上に期待できます。主役であるペプチドをどうデザインするかがテーマになります。
―もう少し詳しく教えていただけますか。
池野 人間を殺す一番の動物は何だと思いますか?答えは蚊です。デング熱やジカ熱といった蚊が媒介する感染症患者は、年間1億人に達すると考えられています。蚊を駆除すればよいのですが、成虫はなかなか難しい。卵や幼虫の段階から駆除できれば非常に効果的です。私の研究室ではバチルス菌(BT菌)が作るボウフラだけに有効な殺虫たんぱく質に注目しています。これは微生物農薬(BT剤)と呼ぶもので、ボウフラが殺虫たんぱく質を体内に取り込むと消化管内で結合し、消化管に穴を開けて殺します。
▲図2(クリックで図を拡大)
標的とする害虫以外に効果はなく、残留性が少ないため自然環境に優しく、害虫に薬剤耐性が起きにくいなどの特性があります。一方でコストがかかり、大量生産が難しいという課題もあることから、研究室で開発したたんぱく質発現を増大させる技術を応用し、九州の製薬会社と連携して殺虫たんぱく質を大量生産できるバイオプロセスの構築を目指しています。
―夢のある研究は学生だけでなく、地域や学研都市にも好影響を与えそうです。
池野 自分の技術が社会や地域の役にたつことが最大の目標です。効果やコストの点から課題はまだ多いですが、なんとか実用化して事業化につなげたいですね。
学研都市には九工大のほかに北九州市立大学や早稲田大学も立地していますが、まだまだ大学間、学生間の交流が盛んとはいえません。人的交流を進めて、講座などもオープンに行うことで連携を深めればいいですね。産業界の皆さんも含めて、私の研究に興味がある方はいつでも連絡いただければうれしいです。