AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ICT(情報通信技術)…新聞やテレビ、ウェブ上でこれらの用語を目にしない日はない。一般には難解なこれらの技術も、私たちの生活の質の向上に大きく役立っている。社会の進化と情報の進展は密接に関係し、世界は急速に一体化している。北九州市立大学環境技術研究所の永原正章教授は、精密な日本のものづくり技術とデータによる学習を組み合わせて、省エネルギーで快適な「超スマート社会」の実現を目指している。
―専門分野を教えて下さい。
永原 学生時代から自動制御や信号処理の研究に取り組んできました。自動制御を分かりやすく言うと、二足歩行のロボットが倒れないように歩くためにはどうしたらよいかといったことを数式で解決しようという学問です。信号処理では、CD音源から20キロヘルツをはるかに超えた高周波音を人工的に復元する研究に京都大学の山本裕教授(現名誉教授)と共同で従事しました.この研究成果で、IEEE制御システム部門のTransition to Practice Awardという国際賞を日本人で初めて受賞しました。この技術を搭載したLSIはボイスレコーダー等に搭載され、現在までで5000万個以上が流通しています。いずれも理論中心の研究で、数式が並んだ論文からはそれが何の役に立つのか見えづらいのですが、実際には身の回りの様々なところで応用されています。
―自動制御や信号処理と人工知能との関連は?
永原 今話題のディープラーニング(深層学習)も数学の話に落としてしまうと、自動制御や信号処理で扱われている数学の問題(最適化問題)と同じになります。そのようなことを研究する分野を数理工学と言い、科学技術の基礎理論として重要な学問です。私自身、6年ほど前からディープラーニングの中でも使われているスパースモデリングの基礎研究に着手し、国際共同研究チームにより世界に先駆けて新理論を発表しています。
―ビッグデータの収集・活用に、世界中の企業が注目しています。
永原 ディープラーニングやビッグデータは、結果として要求どおり動けば中身は知らなくても良いという、いわゆる「ブラックボックスモデル」です。ビッグデータの世界ではデータを大量に持っているグーグルやアマゾンなどの米国企業が圧倒的に有利です。その世界に今からベンチャー企業が参入するのは非常に難しい状況になっています。一方で、日本の強みは精密なものづくり技術で、機械要素からきっちり作り上げる、いわゆる「ホワイトボックスモデル」です。私が研究に取り組んでいるのはその中間の「グレーボックスモデル」です。自動制御など物理モデリングにもとづく精密な設計とデータによる学習や人工知能をうまく組み合わせる。これこそが日本の産業の進むべき正しい道ではないかと思っています。
―最近の主な研究テーマは。
永原 スパースモデリングとマルチエージェントシステムです。スパースモデリングは、九州工業大学の石川眞澄名誉教授が1980年代に基礎理論を世界で初めて提唱しました。スーパーコンピュータでも処理しきれない大量なデータを活用するには、膨大なデータの中から意味のある少数の情報を抽出する作業が必要になってきます。これまではそれを専門家の勘や経験に頼ってきましたが、スパースモデリングではアルゴリズムを使ってコンピュータで自動的に行います。ビッグデータ社会の到来で改めて注目されている理論です。
マルチエージェントシステムは、自律的に行動する複数のエージェントが相互に関係性を持ち、全体として足し算以上の機能を発現するシステムで、元々は生物の群れの行動を解析する研究でした。渡り鳥がV字で飛行するのも、魚の群れがボール状になるのも、だれかが指示しているわけではなく、各々が空気抵抗の少ない位置を選ぼうとか、ぶつからない距離まで近づこうとした結果自然とそうなっているのです。マルチエージェントシステムの制御はIoT社会の実現に欠かせない重要な研究テーマです。例えば災害における人命救助は時間との勝負ですが、複数のレスキューロボットが「ここは捜索済み」といった情報を交換しながら活動すれば、より短時間により広範囲を捜索できます。
―今後の展望を教えてください。
永原 北九州市が得意とする環境分野では、今後もエネルギー利用の最適化などに自動制御やAIの技術が欠かせませんし、担い手不足が深刻化する農業分野でもドローンなどの活用に期待が高まっています。快適な社会の実現に貢献できるようにこれからも挑戦していきます。