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田中 英一郎 教授

ユーザー目線を第一にライフサポート機器を開発。

早稲田大学理工学術院(大学院情報生産システム研究科) 生産システム分野
田中 英一郎 教授

人は誰もが生涯を健康で過ごしたいと願う。しかし、高齢になれば身体機能は低下するし、事故や脳卒中の後遺症等で思うように身体が動かせなくなることもある。早稲田大学理工学術院(大学院情報生産システム研究科)の田中英一郎教授は、麻痺患者や歩行が困難な高齢者が自らの足で再び歩く希望を持てるように、使いやすく安全な歩行補助ロボットの開発に取り組んでいる。現場の声、ユーザー目線を大事にするその研究姿勢は、サイエンティストというよりエンジニアに近い。

現場の声をデザインに反映

―開発しているライフサポート機器とはどのようなものですか。
田中 持ち上げ動作を補助するゴムベルトスーツや、高齢者用の起立補助機、麻痺患者用の歩行補助機など、健常者から患者まで、用途やステージに合わせて様々なタイプの機器を開発してきました。
 現在、特に力を入れているのは、片麻痺患者の歩行訓練や高齢者の運動促進を目的に、広島大学大学院の弓削類教授と共同で開発した歩行補助ロボット(写真)です。足の振り出し時に背屈(足の甲の方向に曲げる動き)をアシストすることで腓腹(ひふく)筋を伸ばし、筋収縮の「反射」を利用してひざや股関節を動かすことによりスムーズで安全な歩行を支援しようというものです。
 2015年12月の国際ロボット展で製品発表し、広島大発ベンチャーが受注開始に向けて準備を進めています。ズボンの裾に隠れるコンパクトなサイズで、麻痺患者の歩行訓練用が主な用途ですが、健常者が装着しても階段の上り下りが楽になりますので、将来観光地や景勝地での貸し出しも検討しています。

―製品開発で大切にしていることは。
田中 世の中に役立つ製品開発がゴールだと考えています。以前、全身動作を補助するロボットスーツを高額な費用をかけて開発し、麻痺患者の訓練用に提案したのですが、現場の方から「大げさすぎる」と駄目出しされてしまいました。そのような反省から、「インクルーシブデザイン」と呼ばれる手法を導入し、設計の段階から医学専門家のほか、患者や介助者、デザイナーといった様々な立場の方々と徹底的に話し合うようにしています。

製品の安全、長持ちを裏づけるのが機械要素

―開発の経緯を教えてください。
田中 日立製作所機械研究所(当時)の研究員時代、独身寮に若手の研究員が集まり、「高齢社会が本格化すれば、お年寄りに元気に動いてもらうロボットが役に立つ。我々でつくろう」と熱く語り合ったのが原点と言えます。
 2003年に日立製作所を退職し、都立航空高専に採用されてからすぐに開発を始めましたので、もう13年になります。この間、母を転倒による事故で亡くし、「もっと早く実用化できていたら」と悔しい思いもしました。同様の事故を減らせるように、さらに研究を重ねていきます。

―歩行補助ロボットの今後の研究課題は。
田中 メンタルとフィジカルの融合です。英国のことわざに「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」とあるように、使う人の気持ちが大切だと気づきました。

快−不快、覚醒−睡眠という二軸で感情を定量的に評価し、不快を軽減するリハビリ、興奮しすぎない運動促進を目指します。

―企業出身の研究者として心がけている点は。
田中 日立製作所では機械要素・機構を研究する部署に配属され、振動や騒音から異常を診断する研究や、エスカレータの小型化などメカに特化した研究を行ってきました。そのような経歴から私は機械要素の専門家として早稲田大に採用されています。機械要素がしっかりしていなければロボットも正常に動きません。製品の安全や長持ちを裏づけるのが機械要素の研究であり、ここまでやるかという高いレベルで設計されているのが日本製品の強みだと考えています。サイエンティストよりエンジニアを志向しているという点で、他の教員とは少し違っているかもしれません。

―歯車装置の自動診断に関する研究が今年度のFAIS研究開発助成に採択されました。
田中 エレベータや発電機などに使われている歯車装置は定期点検が義務付けられていますが、近年は震災の影響で常時点検の要望が高まっています。常時点検となると、熟練作業者による従来の方法では追いつきません。そこで、レーザを用いて遠隔・自動で常時検査を可能にする簡単・安価なシステムを開発しようというものです。歯車製造工場での全数検査用として、またすでに稼働している歯車装置にも後付けできるものを目指しています。

広島大学大学院の弓削教授と共同開発した密着型歩行補助装置「 RE-Gait(リゲイト)」。ひざ下の装具部分の重量を1kgに抑えたという。▲広島大学大学院の弓削教授と共同開発した密着型歩行補助装置「 RE-Gait(リゲイト)」。ひざ下の装具部分の重量を1kgに抑えたという。 実際にロボットを装着して、使用感などについて話し合う田中教授(左端)と研究室の院生たち。▲実際にロボットを装着して、使用感などについて話し合う田中教授(左端)と研究室の院生たち。
【プロフィール】1997年鞄立製作所入社、同機械研究所研究員、芝浦工業大准教授、埼玉大准教授などを経て、この春、学研都市に赴任した。九州に住むのは初めてだが、芝浦工業大時代の2009年に産学連携フェアのセミナーで講演しており、縁を感じているとか。関東に比べて「魚がおいしい」と喜ぶ。休日は佐賀県にいる父親のもとにドライブがてら遊びに行くのが楽しみ。東京工業大学大学院総合理工学研究科修了(博士(工学))。1972年生まれ、神奈川県出身。

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